考えるつゆくさ

毒親の問題などについての考えをつづります。また、乳がん治療の記録も綴っています。

乳がん治療の記録【34】乳がんに対するリアクションの違い

同室の向かいのベッドのKさんとご挨拶をしました。少し年上の同じ40代で、数時間後にもう手術なのだそうです。

「怖くないですか」と聞いたら、「うーん、そうでもないんだよねー」とおっしゃいました。「乳がんと知った時、ショックじゃなかったですか」と聞いたら、「うーん、そうでもないんだよねー」とおっしゃいました。

Kさんは石灰化があると15年間言われ続けていて、2年ぶりに受けた今年の検診で1㎝のしこりが見つかったそうです。私と同じ全摘手術をされます。

私が入院したすぐ後に来られたMさんは50代。手術は私と同じ明日で、非浸潤がんで同じく全摘手術だそうだ。

「怖くないですか」と聞いたら、「うーん、私よくわからないんだよねー」とおっしゃいました。「乳がんって知った時、ショックじゃなかったですか」と聞いたら、「うーん、私よくわからないんだよねー」とおっしゃいました。

あれれ?なんだかお二人とも私のような悲壮感がない・・・。私はあれこれ考えすぎて、くよくよと落ち込みすぎるタイプなんだなと改めて実感しました。こんなふうにいつも私は、まわりの人と比べて初めて自分の特徴を教えてもらうのです。

 

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4人部屋

 

乳がん治療の記録【33】入院当日/血液型について

入院の日の朝。不安で一睡もできないまま病院へ。受付で10万円の預り金を払いました。退院時、ここから入院・手術費を引いたおつりが戻ってくるというシステムになっています。そして教えられた番号の病室へ。

病室には4つのベッドがありました。そのうち2つのベッドのカーテンが閉まっていて、中には人がおられるようでした。

看護師さんが来られ、リストバンドを渡されました。そこには私の名前と血液型が書かれていました。血液型には“AB型”と書いてありました。

「私、B型なんですが・・・」「え?血液検査ではAB型と出ていますよ?」「え・・・。取り違えでは・・・?」

急遽、再度採血して検査していただくと・・・AB型でした。疑ってしまって申し訳なかったです。

40年以上にわたってB型と思いこんで生きてきたので、アイデンティティが揺らぎました。「ほんとマイペースなB型だよね~」「さすがB型。仲間!」などと友人たちに言われてきたのに・・・。

早速友人たちにLINEをすると、「うそ!その性格はB型以外考えられないよ!」「曲者ぞろいのB型の仲間だと思ってたのに!」などとさんざんな言われようのB型です。

親に問い合わせると、血液型は調べていなかったようです。だとしたらなぜB型と思わされていたのか??

基本的には子どもの出生時に血液型の検査をすることはないようです(採血したらかわいそうだから)。そして血液型は不明のまま生きていてもなんら問題ないそうです。もし輸血が必要な状況になったら、その前に必ず検査をするので(自己申告の血液型では輸血できない)、血液型を知らなくて困ることはなく、困ることといったら血液型占いをするときくらいとのこと。

急遽、私はベッドの上で血液型占いのサイトを見て、AB型としてのアイデンティティの再構築を行いました。

 

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退院するまでリストバンドを付ける

 

乳がん治療の記録【32】人は優しい

友人や知人の励ましやお祈りは心をあたたかくしてくれました。神社にお参りしてくれたり、招き猫を奉納してくださったり、体にいい食べ物やDVDなんかを送ってくれたり、ありがたいです。「大丈夫」「あなたは強い人」「待ってるよ」という希望の言葉も、力が湧き出る魔法です。

「入退院に付き添いしようか」なんて、遠方に住んでいるのに言ってくれる方もいたりして、「なんて優しいんだぁ~」と声に出して泣きました(でもタクシーで行き帰りできるので「ありがとう、大丈夫」と言いました)。私もだれかのそういう時にはさっと手を差し伸べられる人になりたいと思いました。入院や手術の不安や心細さをやっと実感できたので。

悩んだり疑問があった時にはネットで質問をしました。皆さんとても親切丁寧に答えて下さりました。同じ非浸潤がんの方、明日手術の方、治療を終えてアドバイザーとして活動なさっている方などに共感していただいたり、共にがんばりましょうと励まし合えたりできました。

ネットとは言え、向こうにいるのは人。罵詈雑言を吐く人もいるのでしょうが、とても誠実で優しい人もいるのがよくわかりました。ネットでなくったって言葉で相手を傷つけようとする人はいます。

私はやはり家族以外では、出会う人に恵まれているなと感じました。

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乳がん治療の記録 入院前編終わり

 

乳がん治療の記録【31】たくさんの書類とサイン

治療、入院や手術には、たくさんの書類にサインをするものなんだと知りました。

検査結果ごとに「説明を受けました」のサイン、治療の計画書に「承知しました」のサイン、入院証書に「入院します」のサイン、手術同意書に「同意しました」のサイン。

他にも、麻酔をすることへの同意、輸血するかもの同意、手術中や手術後に動けないからエコノミー症候群になるかもしれないけど専用のストッキングを履くなどの対策をしてもらいますよの同意のサインなど。

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こういうのを履く

また、仕事や家族構成、病歴、緊急連絡先などの患者の情報を記す書類もいろいろ書きます。

 

これだけの書類に目を通してサインをするとなると、高齢になったり認知症になったりしたら、なかなか難しそうだなと感じました。まあ、その時はその時で、誰かしらが代理をして下さるのだろうとひとまず楽観的に考えました。

乳がん治療の記録【30】レトルト食品を買っておく

退院の時には身のまわりのことは自分でだいたいできる状態だそうです。

だいたいとは・・・?

重い荷物を持ったり、重いフライパンを振ったりするのはよくないとは聞きました。買物や調理がどの程度できるのかよくわからないので、念のため、レトルトやインスタントの食品をいろいろとネットで注文しました。

カルディでカレーやパスタのソース、野菜ジュースやお湯を注ぐだけのスープなどを買いました。無印良品には「ごはんにかけるシリーズ」というのがあって、文字通りごはんにかけるだけでよいサムゲタンやガパオや牛すじのぼっかけなども買いました。食べ物以外にも洗剤やボディーソープなど重いものも多めに買いおきしました。

退院後にもし体が痛かったりしんどかったりしても、一ヶ月くらいはなんとか生きていく目途はつきました。

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かけるだけ


 

乳がん治療の記録【29】入院準備/持ち物リスト

入院の経験者は友人知人にも多く、「消灯が10時だから体を慣らしておいたほうがいいよ」とか「キンドルがあると便利だよ」とか「ぬり絵は意外と騒音」「私はイラストロジックをしてた」などいろいろ教えてもらいました。

持ちものリストをメモしておきたいと思います。ちなみにパジャマやタオルは一日数百円でレンタルできる病院が多いようです。

 

スマホ ・キンドル ・ラジオ ・イヤホン ・充電のためのケーブル

・メモ帳 ・ペン

・下着 ・寒い時に羽織るもの ・くつ下 ・病院内を歩く時のくつ

・ボディソープ ・シャンプー ・リンス ・洗顔フォーム ・体を洗うタオル

・これらの洗面用具を持ち運ぶ入れ物(私は浴用桶にしました)

・歯ブラシ ・歯磨き粉 ・うがい用コップ ・鏡 ・ブラシ ・保湿剤など

・マスク ・カイロ ・ティッシュ ・ウェットティッシュ ・ナプキン ・ポリ袋(ごみ袋や小物入れなどに便利)

・ストロー付きコップ ・お菓子

 

しかしこれらは(冒頭の3つ以外は)病院内のショップで買えます。ショップには電源のUSBタップなんかも売っていたりします。

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ストロー付きコップは100均の介護コーナーとかにあります

 

乳がん治療の記録【28】センチネルリンパ節生検とは

入院の10日前に“オペオリ”(オペのオリエンテーション)なるものをします。“非浸潤がんにより左胸を全摘する手術をする”ということを先生と再確認し、手術の方法についても図にしながら教えてもらいます。

「こんなふうに乳頭をくり抜いて、そこから乳房の中の乳腺を全て取り除きます」

こわいこわいこわい・・・。

「リンパ節も数個切除しますので、腋の下のほうも切ります。手術前にセンチネルリンパ節の位置を調べるため、少し痛い注射を打ちます」

いやだいやだいやだ・・・。

早期の乳がんでも必須でリンパ節を数個切除します。“センチネルリンパ節生検”というものを行うためです。乳がんの場合、最初に転移するのが付近にあるセンチネルリンパ節というリンパ節と考えられています。それに転移があるかどうかを手術中に切り取って調べる検査です。

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センチネルリンパ節を探せ

転移がなければそのまま傷口を閉じ、転移があったら周辺のリンパ節や脂肪なども切除するのだそうです。

つまり、メスで切る傷口は、乳房の部分と脇の下の部分の二ヶ所になります。そんな大きな傷がふたつもあって私の体は耐えられるのだろうか・・・。

 

あわてものの私はよく切り傷や引っかき傷を体に作ります。そのたびに落ち込むのですが、絆創膏さえ貼っておけばいつのまにやら治ることはありがたいとつねづね感じます。私が修復計画を何ひとつ立てずとも、体はいつも傷を勝手に修復してくれます。もしパソコンが壊れたら、私は時間と体力を使ってがんばらないと治せないのに、傷は私ががんばらなくても体が治してくれます。

いつでも傷をきれいに治してくれる私の体を信じようと思いました。

乳がん治療の記録【27】周術期は赤点

お医者さんをしている友人に、手術の前後を“周術期”と呼ぶことと、周術期は特別に心穏やかにして、食事も睡眠もしっかりとって体調をととのえることが大事と教えてもらいました。

にもかかわらず、私はうつっぽくなっていました。「どの死に方が一番いいかな・・・。やっぱり樹海かな・・・」のように考え始めたらよからぬしるしだと、過去のうつ病の経験からわかります。

そして食べられなくなり眠れなくなりました。りんごしか食べられない日もありました。寝つきも悪く、やっと眠れても、病院内を悲しい気持ちでうろうろしている夢なんかを見ます。

眠れない時はラジオをつけました。オードリーや星野源、南キャンの山ちゃんの笑い声なんかを聴いていると不安が少し消えます。入院中もラジオが聴けたらいいなと思い、イヤホンで聴ける小さいラジオを買うことにしました。

大きな病院では、がん患者の心のケアするための診療科(「精神腫瘍科」もしくは「腫瘍精神科」)や相談センターなどがあります。私の通っていた病院にもありました(気づきませんでした・・・)。あまりにも落ち込みがひどい時には、行ってみるのもよいかもしれません。

 

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卵を割っただけで悲しくなった



乳がん治療の記録【26】乳がん治療の先進医療とは

全摘手術をしないですむ方法は本当にないのかと模索する中で、先進医療についても調べました。

先進医療とは、最先端の医療のうち、国によって認められたものです。しかし標準治療とは違って効果は確実とは言いきれず、また保険がきかないため高額です。がん保険でお金をいくらかいただける場合もあります。

残念ながら私の非浸潤がんに合う先進医療は見つかりませんでした。しかし、しこりのあるタイプの乳がんならいくつかあるらしく、メモしておきたいと思います。

まずは乳房に針をさし、ラジオ波という電磁波を当ててがんを焼き切るラジオ波熱焼灼(しょうしゃく)療法です。

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がん細胞を狙い撃ち

放射線の一種を使う陽子線治療は非浸潤がんにもききますが、狭い範囲のみです。ちなみに治療費は300万円くらいだそうです。高い!

同じく放射線の一種を使う重粒子線治療はしこりのあるタイプのみで、治療費はさらに高いそうです。

先進医療ではないですが、他にも乳房にマイナス160℃の針をさし、しこりを凍結させて破壊する凍結療法もあるそうです。

 

非浸潤がんでも浸潤がんでも、乳房を切らずに治せる時代が早く来たらいいなと思います。

乳がん治療の記録【25】早期がんのパラドックス

入院・手術が近づいてきても、私の中ではまだ「なぜ毎年検診を受けて早期の非浸潤がんで見つかったのに全摘なんだろう」という思いは消えませんでした。

改めて、乳がんについてまとめますと、がんというのは増えることが止まらない細胞です。そしていろんな臓器をだめにしていきます。

そして、乳がんのほとんどは乳管から発生しますが、乳管の中だけで増え続けるぶんにはさほど問題はありません。これが非浸潤がんの状態です。寿命をまっとうされた女性の乳房を調べると、非浸潤がんがあることは少なくないそうです。

だから放っておいてもいいのではないかとも思ってしまいます。しかし、乳管の壁を破ったら、がん細胞が血管やリンパに入り込み、流れ流れて他の臓器や骨などに転移することも可能になります。

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左が乳管の中にがん細胞がとどまっている状態で、右が乳管の壁を破った状態

非浸潤がんが乳管の壁をいつ破るかは誰にも予測できません。20年後かもしれないですが、明日かもしれないのです。だから早めに手術するのがよいのです。

そして、がんが乳管の中だけで増え続けるため、細い通路を進んでいき、結果的にしこりを作るタイプよりもがんのいる範囲が広くなってしまう非浸潤がんは、全摘をしなければならない場合が多くなります。

早期なのに全摘。

ある非浸潤がんの患者さんがブログで“非浸潤がんパラドックス(矛盾)”と表現されていましたが、まさにその通りと思います。